《아는 것이 힘이다.》《知識は力》その 2 「歴史修正主義」とはなにか?
100年前の関東大震災の時に「朝鮮人大虐殺があった」のに、松野官房長官は、「政府内において事実関係を把握する記録は見当たらない」と言う。
ドイツでは、戦争経験者の多くが死んだ後に、「歴史修正主義者」が現れて「処刑や残された家族の偏見などを恐れて」平然と「アウシュヴィッツにガス室はなかった」と言った。それと同じだ。
「あった事」を「なかった」と言う事を「歴史修正主義」または、そのような人間を「歴史修正主義者」という。
「歴史修正主義」の代表的な例で、南京事件がある。
日本軍が1927年、南京で「約2カ月にわたって多数の中国軍の捕虜、敗残兵、便衣兵および一般市民を殺害、略奪、強姦、放火したとされる事件」のことだ。
当時の石原慎太郎東京都知事などは南京大虐殺に関する正式見解は聞いたことが「ない」と言った。
「その当時、俺は南京にいた。」……証言者が次から次へと数十人あらわれると、状況はコロりと変わる。
「歴史修正主義」は、「生き証人」に勝てないからだ。
そして、こうなる。
「日本政府としては、日本軍の非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています」と、訂正せざるを得なくなり、戦後50年に村山談話で、戦後60年に小泉談話でも「お詫びの気持ち」を表した。
松野官房長官や、石原慎太郎氏などを「歴史修正主義者」と言うべきだろう。