8月3日(月)午後4時58分のこと。
幼稚班の息子のお迎えに遅刻しそうだった私は車からおりるや小走りで園舎に向かっていた。
前方から歩いてきた集団下校の子供たちが私の姿を確認すると「アンニョンハセヨー!」と元気に挨拶をしてくれた。
挨拶しっかりしてウリ学生はホンマ可愛らしいなーと思いつつ、私は小走りのまま視線のみ泳がせ挨拶を返しながら幼稚班の門をまたいだ。
瞬間。ポコンと音と共に私のつま先をペットボトルを蹴った感触が伝わった。
一瞬、走馬灯のように思考が巡る。
(誰や!ウリ学校の前にポイ捨てしたんわ!許さん!子供たちの前でゴミ蹴ってもうた。俺が捨てた感じに思われへんかな?今拾うか?いや、先にお迎え。後で拾うか。面倒くせー。どの辺飛んでいったんやろか。面倒くせー。)
門をまたいで小走りで6歩の間の思考である。
園舎で先生に挨拶し、ペットボトルの行方を確認しようと振り向いた私の目に映ったのは先程の徒歩下校中の子供たちの中にいた一人の男子生徒が私が蹴飛ばしたであろうペットボトルを拾う後ろ姿であった。
あっ…と思った次の瞬間には男子生徒の姿は建物の影に隠れていた。
我々大人はウリ学校を守る為、時には怒り、拳を振り上げ戦ってきた。
それは、責任感であったり使命感。
ウリ学校の為やから
仕方ないという義務感。けして間違ってはいない。
大人には大人の戦い方と戦う相手がいるのだから間違ってはいないのだ。
ただ、何も言わず学校の前に捨てられたゴミを当たり前のように拾う子供の姿に私は衝撃を受けた。
上記にある私の6歩のしょうもない思考を一蹴するかのように、男子生徒は誰に言われたから、誰それ大人が見ているからなんて考えはなく、実にスマートに一片の迷いもなく純粋な愛校精神でゴミを拾ったのだ。
その証拠があの後ろ姿だ。
あの男子生徒が一歩でもゴミの前を通り過ぎた後、ゴミを無視できないと考えなおしていたなら、引き返してゴミを拾うことになる。と、なると私の目に映るのは彼の正面の姿になる。
しかし、今回彼は私に後ろ姿しか見せてはくれなかったのだ。
ただただ、純粋に学校を守ろうとする背中である。
今年40になる私があの男子生徒の背中に教わったのだ。
そして、あの子達が大人になる頃には怒り拳を振り上げることなく、純粋な愛校精神だけで学校を守っていける時代を作らなければならないと強く感じた。
その為にも今彼らを傷つけようとする全ての汚い大人達から彼らを守る為に私はこれからも怒り、拳を振り上げ学校を守る為に戦うと決意をした8月3日(月)午後4時59分のことであった。(洋)




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